「もう逝きたいと思う時がある」

 ふと、彼女がそんなことを言った。

「もう苦しみたくないと」

 その横顔は微笑していたが、声は深く落胆していた。弱々しく虚ろで、いつもの強情な彼女からは想像もつかない悲しげな様子だった。アメツネは、窓際に佇んで外に広がる真っ白な空間を見つめている女性を眺め、自分には今の彼女の気持ちがよく分かると思った。自分も長いあいだ彼女と同じ思いを抱き続けていた人間だった。今ではもう、感情を持つことを忘れ去ろうと努力していたこともあって、心の中は空虚になってしまっているのだが、彼女の青ざめた顔の中にかつての心情を見出し、まだ少女と呼ばれる年齢でありながら国を丸々一つ支えなければならない重責を負った彼女を気の毒に思った。

「自分を捨てたはずなのに、それでもなお、私の中には欲が残る」

 彼女にそういうつもりはないのだろうが、それらの言葉が自分のことを表している気がして、アメツネは緊張した。封をしていた罪の意識や深い悲嘆が心の奥底から顔を覗かせようとしている。平常心を保とうと口を閉じ、息をひそめた。
 魔術師の心の内など知らない彼女は淡々と続けた。

「愚かな欲。もはや望む資格などないのに、未だ彼のもとに逝きたいと願っている。こんな女、彼が逢ってくれるはずもないのに」

 ふっと笑みをこぼしながら自嘲気味に吐き捨てる彼女の姿など、見たくはなかった。いつでも元気で、強くて、凛々しい彼女でいてほしかった。心のつかえを取ってくれるような彼女の明るさと軽快さがとても好きなのに、今はもういなくなってしまった男のことを思い遣って嘆く女の姿など、見たくはなかった。

「罵られたとしても、もう一度逢いたいと願うのだ。いや――私は罵倒されたいのかもしれない。彼に深く責めてほしいのかもしれない」
「憎まれてでも」

 彼女の空っぽな態度が怖くて、それをどうにかやめさせようとアメツネは遮った。

「逢いたいと願うのか」

 問いに、カヤナはゆっくりと魔術師を振り向き、ひどく痛々しげな笑みを浮かべた。

「なあ、アメツネ、どうか祈っていておくれ。
 私の死も、イズサミの死に匹敵するくらい、むごいものであるように、と」

 彼女の言葉にアメツネはなんの反応も示さなかった。
 だが、心の中では、その願いは叶うだろうと答えていた。